東京の隅っこの小さな町で
週末だけの小さなカフェと
雑貨制作やネットショップをやってます。

きらら舎のこと

幼い頃、縁側にねっころがって風に踊る白いカーテンを眺めているのが好きでした。
夕刻、陽が沈んだ直後に東向きに窓がある部屋の電気を消すと、空の蒼さが部屋の中にまで流れ込んでくる感じが好きでした。
その時に脳裏に浮かぶイメージは、時間や距離を超えた誰かの意識なのか、遺伝子の中の記憶なのはわからないのですが、なにやらとても幸せな感覚でした。しかし、その感覚は摑まえようとするとさらりと消えてしまいました。
そんなものをなんとか確かなものにしてみたいと、月光舎という活動名で、お話を創ったり、音楽をやったり、演劇に携わったりしていました。
活動名はその頃に出逢った、銀座月光荘のおじさんこと橋本兵藏氏へのオマージュ。おじさんは、絵の具や鉛筆を購って帰ろうとするわたしを決まって引き止め、いろいろな話をしてくださいました。その揺るがないスタンスとユーモアと優しさはずっと(今でも)憧れの人です。
ただ、月光荘の名前はおじさんを可愛がってくれた与謝野晶子が「大空の月の中より君来しやひるも光りぬ夜も光りぬ 」と詠んで名づけたものなので、今思えばかなり恐れ多いことですが。

その後、いろいろな仕事が面白くて創作活動やあの「イメージ」のことなどすっかり忘れていたのですが、インターネットの「空想世界」に触れ、ここで創作(妄想)話に登場するお店をやろうと思いたちました。
これが現在のきらら舎です。

憧れのお店はたびたび夢の中にも登場していました。ある時は中年の魔女がやっている妖しいお店だったり、ある時はおじいさんの不思議な懐中時計屋さんだったりしますが、ベースには小学校時代に近所の空き地に出没していたおじさんの存在です。
わたしの小学生時代はまだ日本はおおらかで、学校に教材や球根を売る業者がやってきたり、校門の横でひよこや妖しい文房具を売る露天商がいました。その中でも近所の公園に時々出没するおじさん(インチキおじさん)はかなり魅力的な商品を扱っていて、コルク栓の硝子壜に入った「消えるインク」と定着する粉とか、光る石の欠片などを大きなトランクに入れていました。
学校の帰りにおじさんを発見すると、大急ぎで、家へ走り、この時のためにこつこつ貯めていたお小遣いを握りしめて空き地へ向かったものでした。

つまり。
現在きらら舎で売っているものは、空き地のおじさんが売っていたようなモノなのです。
全く実用的ではありませんが、なんだか懐かしくて不思議なモノ。
眺めていると嬉しいモノ。
眺めていると嬉しいモノは、「いいよねえ」って一緒に愉しんでくれる人がいるともっと嬉しいので、そんな人を求めて今日もちまちまと商品を作っています。